東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11379号 判決 1993年1月28日
原告
藤代雅三
被告
日産自動車株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動車を運転中に事故を起こして負傷した原告が、同事故は自動車の製造上の過失に基づく故障ないし欠陥が原因で発生したものであるとして、自動車の製造会社である被告に対し、負傷による人的損害及び車両損傷による物的損害の損害賠償を請求している事件である。
一 争いのない事実及び証拠等から明らかな事実
1 当事者(争いがない。)
被告は、自動車の製造、販売等を目的とする株式会社であり、原告は、昭和五六年四月下旬ころ、神奈川日産自動車株式会社から、被告製造の昭和五六年型フエアレデイZ(車台番号HGS一三〇―〇一三六三六、以下「本件車両」という。)を購入した者である。
2 事故の発生(乙一、二及び原告本人並びに弁論の全趣旨)
原告は、昭和五七年一〇月五日午前五時一〇分ころ、神奈川県川崎市幸区南幸町三丁目一〇四番先の県道川崎町田線の西向き車線上(以下「本件事故現場」という。)において、本件車両を運転中、鉄道陸橋下のコンクリート防護壁(以下「ガード防護壁」という。)に激突し(以下「本件事故」という。)、本件車両が大破して、原告は右顔部及び頸部挫創等の傷害を負つた。
3 本件車両装備の自動速度制御装置(争いがない。)
本件車両には、以下の機能を有すべき自動速度制御装置(オートマテイツク・スピード・コントロール・デイバイス、以下「本件ASCD」という。)が装備されていた。
(一) 意義
本件ASCDは、高速道路での長距離運転時に、アクセルペダルを踏まずに車速を一定に保つことが可能となる装置であり、時速約六〇ないし一〇〇キロメートルの範囲内で、任意の速度により定速走行できるようになつている。
(二) 構成部品
(1) コントローラー
本件ASCDをセツトしたときの車速(以下「設定車速」という。)を記憶し、後記スピードセンサーからの電気信号により、記憶した設定車速と実車速との差を検出して、増速又は減速させるための制御電流を後記サーボバルブに流す。
(2) サーボバルブ
インテークマニホールド(吸気管)からの負圧(エンジンの吸気工程において、ピストンが下降してシリンダー内に空気とガソリンを吸入する際にインテークマニホールドに生じる負圧をいう。)を、コントローラーからの制御電流に比例して制御する(制御負圧にする)ほか、本件ASCD解除時の負圧開放用バルブを兼ねている。
(3) ソレノイドバルブ
サーボバルブと後記アクチユエータ間にある負圧の通路に設けられ、本件ASCDの解除時に負圧を大気に開放する。
(4) アクチユエータ
サーボバルブからの制御負圧により、スロツトバルブの開度を増減させて車速の調整を行う。
(5) スピードセンサー
実車速を電気信号に変えてコントローラーに伝える。
(三) 操作及び作動
メインスイツチを入れると、コントローラーに電源が入り、更に前記速度の範囲内での走行中にセツトスイツチを入れると、その時の車速(設定車速)がコントローラーに記憶される。コントローラーは、変化する実車速と記憶している設定車速との差を検出し、その検出した差に応じてサーボバルブに流す制御電流を増減し、サーボバルブは、右制御電流に比例して、インテークマニホールドからの負圧を制御し、制御した負圧をアクチユエータに伝え、アクチユエータは、サーボバルブからの制御負圧をワイヤーを引く力に変換してスロツトバルブの開度を調節(増減)し、一定車速(設定車速)を保つ。このように、本件ASCDは、定速走行を維持するために、運転者がアクセルペダルの踏み加減を調整するという行為を、コントローラーがアクセルペダルを介さずアクチユエータにより行うものである。
(四) 解除方法
本件ASCDは、通常、次の(1)及び(2)の場合に自動的に解除されるほか、(3)ないし(5)の場合には運転者の操作により解除される。
(1) 実車速が設定車速より高くなつているにもかかわらず増速信号が出力されているとき(内部故障自動検出回路により解除される。以下「本件第一解除機構」という。)
(2) 実車速が設定車速より時速一三キロメートル以上減速したとき、又は、実車速が時速約五〇キロメートル以下に減速したとき(車速変動時の自動解除機構により解除される。)
(3) ブレーキペダルを踏んだとき
本件ASCDでは、ブレーキスイツチは独立した二系統となつており、ブレーキペダルを踏むと、ブレーキスイツチSW2が作動して本件ASCDの電源が電気的に遮断されてキヤンセルされ(以下「本件第二解除機構」という。)、また、ブレーキスイツチSW1が作動して本件ASCDの電源が物理的に遮断されてキヤンセルされる(以下「本件第三解除機構」という。)
(4) オートマテイツク車のセレクターレバーをニユートラルの位置にしたとき及びマニユアル車の場合はクラツチペダルを踏んだとき
(5) メインスイツチを切つたとき
二 争点
原告が以下のとおり主張する、本件事故が本件車両製造上の被告の過失に基づく故障ないし欠陥によるものであるとの事故原因並びに原告の損害の有無及び程度に関する原告の各主張の当否
1 本件事故の原因
本件事故は、以下の(一)ないし(四)の本件車両製造上の被告の過失に基づく本件ASCD及びその解除機構の故障ないし欠陥(以下「本件各瑕疵」という。)が原因で発生した。
(一) トランジスタの故障
本件ASCD内部のサーボバルブ駆動回路中のトランジスタ(2SC945、以下「本件トランジスタ」という。)がシヨートしたため、スロツトルバルブ開放の信号が発信され続け、本件車両は増速状態となつた。被告は、耐圧性のトランジスタを採用する等すべきであつたのに、これをしなかつた。
(二) 供給電圧の不足
本件車両の発電機には、エアコン作動時や前照灯点灯時等の電気的負荷が高いときに駆動ベルトがスリツプするという欠陥があり、本件事故当時も右欠陥により走行中の充電が十分ではなかつた結果、供給電圧が一〇ボルトを下回つたため、本件第一解除機構が作動しなかつた。
(三) 抵抗のハンダ付け不良
本件ASCDの内部に含まれる抵抗(R48)の基板へのハンダ付けが不良であつたため、ブレーキペダルを踏んでもブレーキスイツチSW2が機能せず、本件第二解除機構が作動しなかつた。
(四) ブレーキスイツチSW1の欠陥
シリンダー状のブレーキスイツチSW1のシリンダー内部に切削くずが混入したため、物理的に右スイツチが正常に作動せず、ブレーキペダルを踏んでも本件第三解除機構が作動しなかつた。
2 原告の損害の有無及び程度
原告は、本件事故により、合計金三〇〇〇万円(車両購入代金損失金三一九万六八七五円、エンジン修理代金六〇万円、車両保管費等金三一万円、休業損害内金二〇〇万円、後遺障害による逸失利益内金二〇八九万三一二五円及び慰謝料内金三〇〇万円)の損害を被つた。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 本件車両に原告主張の本件各瑕疵がすべて存在していれば(但し、コントローラー端子電圧が約九ボルト以上約一〇ボルト未満の場合に限る。)、本件ASCD使用時に車両が増速状態となり、かつ、本件第一ないし第三解除機構が作動しないということが起こりうることは当事者間に争いがない。
2 そこでまず、本件事故発生時に、本件車両に本件各瑕疵が存在したかどうかについて判断する。
(一) 前記第二の一2の事実(本件事故の発生)に証拠(甲七の一・二、九、一〇、乙一、二、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故前の本件車両の状況や本件事故の状況等について、次のとおりの事実が認められる。
(1) 原告は、昭和五六年四月ころに本件車両を購入し、本件事故日までの間ほぼ毎日自動車の運転をしていたところ、本件車両には、購入二週間後ころから故障が生じ始め、本件事故日までの間に生じた故障内容としては、アイドリング時のエンジン回転数の不安定、エアコンや時計の故障、Tバールーフからの雨漏り、フユーエルポンプからの異音の発生、バツテリー上がり及びその影響による前照灯の照度の変化、走行中のエンジン停止等があり、頻繁に購入先である神奈川日産自動車株式会社に修理を依頼したが、そのほとんどは完全には直らなかつた。
(2) 本件事故現場付近には、本件車両によるスリツプ痕及び滑走痕約一七・二メートルが残されており、本件車両は、その前方のガードレールに接触したのち、ガード防護壁に衝突し、その約一六メートル前方の対向車線上に逆さまに転倒して停止した。
(二) そして、原告は、その本人尋問において、本件事故前の本件車両の状況や本件事故の状況等に関し、次のとおり供述する。
(1) 本件事故前から、本件車両は停車する直前にアクセルペダルが勝手に踏込まれて行き加速することがあつた。
(2) 原告が本件ASCDを実際に使用したのは、昭和五六年八月ころ東北自動車道路を走行したときが初めてであるが、その際、本件車両は定速走行をせずに増速し、原告はブレーキペダルを踏むことにより本件ASCDを解除するとともに減速した。その後も、高速道路走行中の本件ASCD使用時に増速するということが本件事故までの間に三、四回あつた(それらの際の加速はほぼ同様であつた。)が、本件ASCDの機能どおりの定速走行が可能であつたこともあり、他方、セツトできずにエンジンブレーキによる制動のため減速されるということはなかつた。
(3) 原告は、本件事故当日、本件車両を運転して本件事故現場にさしかかるまでの間、本件ASCDのメインスイツチを入れた後、数回セツトとブレーキペダルによる解除を繰り返した。原告は、前記県道川崎町田線の西向き車線上の本件事故現場手前約三五〇メートルの地点(別紙図面中の<イ>の地点。以下、図面中の地点を単に記号のみで表示する。)付近でタバコを購入するため一旦停車してエンジンを切つたが、購入後、再びエンジンを始動して(一回で始動した。)発車した。そして、本件車両が<イ>と<ロ>の中間付近(本件事故現場手前約二八〇メートル)に来た際、時速約七〇キロメートルの速度で本件ASCDをセツトして走行したところ、<ロ>(本件事故現場手前約二〇〇メートル)の直前付近でエンジンの唸り音とともに本件車両が急激に増速したことに気付き、<ロ>付近で軽くブレーキペダルを踏んだ(本件車両がスピンすることを恐れたため、強く踏込むことはしなかつた。)が、本件ASCDの解除及び制動の効果は発現せず、<ハ>付近(本件事故現場手前約九〇メートル)に至るまでの間に、約四回ポンピングブレーキのような形でブレーキペダルを踏んだが、本件車両は依然増速を続け、国道一号線(通称第二京浜国道)を越えた付近で速度は時速約一〇〇キロメートルになり、その時点で進路前方の<ニ>付近(本件事故現場手前約一八メートル)の道路を左から右へ向かつて横断中の老人を発見し、同人との衝突を避けるため徐々にブレーキペダルの踏力を強めるとともに左にハンドルを転把して、<ホ>付近(本件事故現場手前約四六メートル)からはフルブレーキをかけたところ、老人との衝突は避けられたものの、道路脇のガード防護壁に激突した。
(4) 原告は、本件事故後、昭和五八年四月に本件車両と同型式の車両(以下「新車両」という。)を購入したが、バツテリー上がりや本件ASCDと同様の自動速度制御装置の故障(本件車両と同様に増速するという故障のほか、セツト直後は定速走行できずに速度が一旦下がつたのち再び増速して設定速度により定速走行となるといつた故障がある。)が相次いで発生したため、現在では同装置を使用していない。
(三) 原告の右供述中(1)ないし(3)は甲第九、第一〇号証(原告が本件車両購入後に後日の紛争に備えて作成したメモ書き)の記載内容と、右(1)は甲第七号証の一及び二(本件車両の整備用サービスカルテ)の記載内容と、(4)のうち原告が本件事故後に購入した新車両がバツテリー上がりを起こしたことは甲第六号証の一(神奈川日産自動車株式会社作成のバツテリー点検充電取替代金の請求書)の記載内容と、それぞれ符合する。
(四) しかしながら、前記(一)の事実によつては直ちに本件各瑕疵があつたと推認することはできない。
また、<1>乙第一〇号証によれば、本件トランジスタがシヨートした場合には、サーボバルブに最大限の電流が流れる結果、車両は増速することになり、コントローラー端子電圧が一〇ボルト以上であれば本件第一解除機構によつて本件ASCDは解除され、同電圧が一〇ボルト未満に低下すると本件第一解除機構は機能せず、更に同電圧が九ボルト未満にまで低下すると本件ASCDのセツト自体ができない状態となり(アクセルペダルを踏まなければエンジンブレーキによつて減速する状態となる。)、いずれにしても、必ず定速走行はできないことになることが認められ、<2>乙第三号証によれば、被告が、本件車両と同型車について原告主張の本件各瑕疵を発生させ(コントローラー端子電圧は九・六ボルトの状態)、本件事故と同様の状況を再現して行つた実験では、時速約七〇キロメートルで本件ASCDをセツトしたのち、車両は毎秒時速約二キロメートルの増速をし、時速約八〇キロメートルとなつた時点で踏力約八キログラムの強さで制動措置を講じたところ、約六秒後には時速約四五キロメートルまで減速するという結果が得られたことが認められ、更に<3>原告本人尋問の結果及び甲第二号証によれば、原告は、本件事故当時、飲食店(スナツク)を経営しており、客の接待のため、本件事故発生前の昭和五七年一〇月四日午後八時ころから本件事故日である翌五日午前二時ないし三時ころまでの間に、ビール大瓶を三本ないし四本ほど飲酒し、また、同夜の営業が忙しかつたため、同日午前四時四〇分ころに同店の営業を終えたときは体がひどく疲労した状態であつたこと、及び、原告は、本件事故後、意識を消失して自己が救急車によつて搬送された事実も分からない状態になり、原告の救助搬送にあたつた消防隊員は、原告の飲酒を臭い等で認識し飲酒運転と判断したことが認められ、これらの事情に照らすと、少なくとも、前記(二)(1)ないし(4)の本件車両の故障に関する原告の供述のうち、本件ASCD使用時の増速に関する部分及び本件事故時に本件第一ないし第三解除機構が作動しなかつたことに関する部分は、いずれもこれを採用することができない。
(五) そうすると、前記争いのない事実及び証拠等によつて認定した事実並びに前掲各証拠によつては、本件各瑕疵の存在を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
なお、乙第四号証及び弁論の全趣旨によれば、本件トランジスタ(検甲二)は平成四年一月一六日の時点でシヨートしていたことが認められるが、本件トランジスタは、本件事故後、原告から依頼を受けた訴外人によつて調査のため本件車両から取外され保管されていたのであり、その保管状況や行われた調査内容等が不明であることなどの事情を考えると、本件事故当時にシヨートしていたものと認めることはできず、他に本件トランジスタが本件事故当時故障していたと認めるに足りる証拠はない。
3 以上のとおり、本件事故当時本件車両に本件各瑕疵が存在していたものと認めることはできないから、原告の右争点1についての主張は理由がなく、また、他に本件事故が本件車両製造上の被告の過失に基づく故障ないし欠陥によつて生じたものと認めるに足りる証拠もない。
二 よつて、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
(裁判官 小川英明 小泉博嗣 江原健志)
別紙 <省略>